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札幌高等裁判所 昭和43年(行コ)4号 判決 1969年4月17日

東京都中央区銀座東五丁目二番地の四

控訴人 本州製紙株式会社

右代表者代表取締役 木下又三郎

右訴訟代理人弁護士 山根篤

<ほか六名>

釧路市黒金町七丁目五番地

被控訴人 釧路市長 山口哲夫

右訴訟代理人弁護士 坂本泰良

<ほか一〇名>

右当事者間の条例公布処分等取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審での訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「一、原判決を取り消す。二、控訴人の条例公布処分取消しの訴えに関する部分を釧路地方裁判所に差し戻す。三、被控訴人が、昭和四〇年一〇月三〇日控訴人のなした釧路市工場誘致条例第三条の規定による奨励金交付申請に対し、昭和四一年二月一七日付で行なった却下処分を取り消す。四、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

第一本件改正条例の公布処分の取消しを求める訴えについて

控訴人のこの訴えが、改正条例とは別個に同条例の公布行為そのものを独立の行政処分と把握し、当該公布行為のみの取消しを求める趣旨であるとすれば、このような訴えは不適法なものといわざるを得ない。その理由は、原判決理由第一の一(原判決一二枚目裏二行目から一三枚目表九行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人の右訴えが、条例はそれが適法に公布されて始めて住民に対して効力を発動することになるという意味において、公布処分を条例の制定行為として把えた上で、改正条例そのものの効力を争う目的で、同条例の制定行為としての公布処分の取消しを求める趣旨であると解するにしても、本件口頭弁論の経過に照らすと、控訴人は、本訴訟において、被控訴人市長が改正条例を適用してなした奨励金交付申請却下処分の取消しを併せて訴求し、当審において、右却下処分の違法事由として、新たに改正条例そのものの違法、無効をも主張し、改正条例の違法、無効を理由に右却下処分の取消しを求めていることが明らかである。そうすると、控訴人としては、右却下処分の取消しを求めることがその権利ないし利益の救済のために最も直截な方法であり、現に右却下処分の違法事由として改正条例の違法、無効を主張している以上、控訴人の目的はそれによって直接に達成し得るのであるから、それ以外に改正条例の制定行為としての公布処分の取消しを求める訴えの利益はないものといわなければならない。

したがって、本件改正条例の公布処分の取消しを求める訴えは、いずれにしても不適法なものであって却下を免れない。

第二本件奨励金交付申請に対する却下処分の取消しを求める訴えについて

一  被控訴人は、本件条例にもとづく奨励金交付申請に対し交付の決定をするか、あるいはその申請を却下するかは市長の自由裁量事項に属することであるから、右訴えは不適法であると主張するので、まず訴えの適否について判断する。

控訴人が、昭和四〇年一〇月三〇日釧路市長に対し、旧条例第七条第一項に従い工場増設に対する奨励金交付の助成申請書を提出して同年一一月四日受理されたところ、被控訴人市長は、同年一二月二八日公布施行された改正条例によって、昭和四〇年度内に既に増設工事を完成したものを含め将来あらゆる増設工事に対する奨励金の交付が廃止されたから、控訴人の増設分についても奨励金交付の対象とはならないとの理由で、昭和四一年二月一七日、控訴人の右申請を却下したことは当事者間に争いがない。

当裁判所は、右却下処分の取消しを求める訴は適法であると判断するものであって、その理由は、左記のとおり附加するほかは、原判決の理由第二の一の(二)(原判決一七枚目裏末行から一八枚目裏二行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。

旧条例および改正条例(条例および同施行規則の内容が末尾添付別紙(一)、(二)のとおりであることは、≪証拠省略≫により明らかである。)に定める奨励金の制度は、同条例の各規定に照らすと、釧路市の産業の振興という公的目的を達成するため、同市に工場を新設または増設した企業に対する助成の措置として、当該企業の申請により、一定の基準で算出した額の金員を、返還義務を負担させることも、相当の反対給付を受けることもなく、同市の一般財源から交付するものであるが、このような奨励金の制度は、行政主体が、公的な行政目的を達成するため、行政客体に対し、それが一定の行為を遂行することを奨励ないし促進するために与える現金的給付であって、行政客体の側における返還義務を伴わないいわゆる補助金の性質を有するものであることは明らかである。ところで、行政主体が行政客体に対して補助金を交付する関係は、行政権がその優越的な地位にもとづき公権力を発動して行政客体の権利、自由に干渉し、これを侵害する作用ではなく、行政目的を達成するため行政客体に資金の交付という便益を与える非権力的な作用にほかならず、本来私法的行為形式を用いて私法的に法律関係を形成することが可能であって、その場合補助金交付の法律関係は贈与契約として構成されるであろう。しかしながら、一般に国民(地方自治体の場合は地域住民)の意思に沿った行政を担保する必要に加えて、行政主体が大量に発生する右補助金交付の法律関係を明確ならしめ、行政客体の平等取扱を図り、右法律関係を全体として統一を保って処理して行く合目的的な技術として、行政の法的行為形式(行政行為)を用いて右法律関係を構成することも立法政策としてもとより採り得るところというべきである。

本件旧条例は、第三条で助成方法の種類を、第四条で奨励金交付の対象を、第五条で交付額の算定基準および交付期間をそれぞれ規定し、第七条および同施行規則第三条において奨励金交付の申入れの形式を市長に対する所定の要式による「申請」と定め、同規則第四条において、市長は右申請を審査し、適当と認めたときは必要な条件を附して助成するものと規定し、奨励金交付の方法で助成する場合の交付行為の形式については、旧条例および改正条例はいずれもその附則第二項において「決定」と規定し、さらに旧条例第八条は、同条例所定の奨励金交付の要件に違反がある場合などにおける奨励金の返還命令につき、第九条は市長の助成対象者に対する調査権限および助成対象者の報告義務につきそれぞれ規定している。

しかも、≪証拠省略≫を総合すると、釧路市においては、従来奨励金を交付する場合には、市長が同市指令として奨励金交付の決定をしたうえ、これを申請者に通知する方法をとり、奨励金交付申請を却下する場合には、却下通知書に行政不服審査法第六条による異議の申立ができる旨を教示する取扱をしていることが認められる。

これらの条例、施行規則の各規定および釧路市の行政実務を総合して考えると、旧条例は、奨励金交付の法律関係を企業(相手方)の申請を前提としつつも、上記の形式的、法技術的な意味での公法的行為形式(奨励金交付決定または奨励金交付申請却下決定という行政処分)を用いて処理する建前をとっているものと解するのが相当である。そして、このように、実質においては贈与の性質をもつ債権債務関係を成立せしめるに過ぎないものであり、公権力の発動の実体を伴わない形式的行政処分であっても、条例による規制に服し、条例の規定によって法的統制の実効性が保障されているものである以上、これを抗告訴訟の対象から排除すべきではなく、行政事件訴訟法第三条の「処分」に包含されると解するのが相当であるから、奨励金交付申請却下の決定に対しては、右申請に対する拒否処分として抗告訴訟をもってその当否を争うことができるものというべきである。

二  進んで本案について判断する。

(一)  控訴人は、奨励金交付請求権は、工場の増設という事実行為の完了により当然に発生するものであって、昭和四〇年九月三〇日本件工場の増設を完了すると同時に、工場増設にもとづく奨励金交付請求権を取得したから、被控訴人市長は、控訴人の本件奨励金交付申請に対し当然にその交付決定をすべきであるにもかかわらず、これを却下したのは奨励金交付請求権の性質の解釈を誤り、控訴人の具体的な財産権を侵害する違法な処分である、と主張する。

本件条例の定める奨励金の性質および旧条例が、奨励金交付の法律関係の処理について、行政処分としての法形式を採用したものであることはすでにみたとおりである。

旧条例は、その第七条第一項において「奨励金の交付を受けようとする者は、事業開始の日から三月以内に、協力を受けようとする者は、その都度別に定める申請書を市長に提出しなければならない。」と規定し、これを受けて同条例施行規則では、右申請書に記載すべき要件事項を定め、かつ第四条において「市長は、前条の申請書を受理したときは審査し、適当と認めたときはその工場に対する助成の限度その他必要な条件を付して助成するものとする。」と規定している。これらの規定に前記奨励金交付の実質的法律関係を併せ考えると、工場を新設または増設した者から市長に対して奨励金の交付申請がなされ、市長がその要件事実を審査の上助成を適当と認めて奨励金交付の決定をしてはじめて右の者に奨励金交付請求権が発生するものと解するを相当とする。

釧路市が旧条例を制定したことをもって、工場を新設または増設した者に対し奨励金を与えることを法律上の義務として負担するという効果意思を伴う表示行為(懸賞広告による申込の意思表示)があったものとみることはできず、奨励金交付の法律関係が懸賞広告類似のものであるとの控訴人の法律上の見解は首肯できないものである。

そうすると、工場の新設又は増設というたんなる事実行為の完了によって当然に右請求権が発生するとする控訴人の見解は採用し難いものであり、右見解を前提とする本主張は既にこの点において理由がない。

(二)  控訴人は、旧条例の定める奨励金の交付請求権が市長の交付決定によりはじめて発生するものであるとしても、控訴人は、旧条例により奨励金の交付を受け得ると期待する法的地位を取得したのであるから、被控訴人が改正条例を適用してなした本件却下処分は、右控訴人の既得の法的利益を侵害する違法な処分である、と主張するので判断する。

控訴人が当審で主張する二(一)の(1)および(2)(イ)(ただし、第一期工事による工場の操業開始時を除く)の各事実、(2)(ハ)の事実中、控訴人が昭和四〇年九月三〇日増設工事を完成し、翌一〇月一日から操業を開始したこと、はいずれも当事者間に争いがない。

≪証拠省略≫を総合すると、

(1) 控訴人は、昭和三五年四月第二期建設工事(CGP中芯工場年産一〇万屯)に着手し、昭和三六年三月右工場の操業を開始し、釧路市に対し、第一期工事の場合と同様釧路市と控訴人間に締結された上記当事者間に争いのない昭和三二年七月一六日付契約にもとづき補助金、奨励金の支給を申入れたが、釧路市側は、右契約は第一期工事のみについてのものであり、北海道内の電力事情も好転していることなどを理由に難色を示し、当時の市長山本武雄と控訴人の斎藤釧路工場長との間で折衝を重ねた結果、控訴人は右契約の対象が第一期工事限りのものであることを了承し、第二期工事については、旧条例第二条第三号の工場増設としての取扱を受けることに同意し、ただ同第五条により五年間に亘って奨励金の交付を受けることになり、昭和三六年五月一日奨励金交付の助成申請をして昭和四一年三月までに合計三二六六万四四〇〇円の交付を受けたこと、

(2) 控訴人は、昭和三六年頃から段ボール厚紙の需要に応ずるため、釧路工場における第三期工事としてKPライナー生産工場の建設を計画し、昭和三九年八月右増設工事に着手すると間もなく同年九月三〇日、斎藤釧路工場長を通じて前記山本市長に対し、工事の内容、規模などの詳細を説明した工場設置助成申請書を提出し、前の第二期工事の場合と同様の取扱をして奨励金を交付してほしい旨要望したこと、

(3) 旧条例第七条の規定によると、奨励金交付申請については、工場増設を完成して事業を開始することが要件とされていて、それ以前の段階での申請は法的には何ら意味のないものであり、山本市長は、右要望に対し、奨励金の交付は条例によって処理すべきもので、条例の存在する限りこれに照らして適法な申請であれば奨励金を交付するのであるから、増設工事が完成した時点で改めて正規の申請書を提出するよう述べたに過ぎず、右以上に市長の権限で必ず奨励金を交付する旨を確約したような事実はなかったこと

の諸事実が認められ、右認定を左右し得る証拠はない。

右認定の事実によると、控訴人が釧路市に工場を新設した当時の昭和三二年七月一六日に同市との間で締結された上記契約は、昭和三六年に右両者の協議により右新設工事(第一期工事)のみを対象とするもので、その後の増設工事について拘束力を有するものではないことが合意されているのであり、また、本件増設工事(第三期工事)に際し、山本市長が控訴人釧路工場長の要望に対してなした応答の内容も、正規の奨励金交付申請があれば条例に準拠してこれを処理するという事務取扱上当然のことを同市長の見解として述べたまでであって、必ず奨励金を交付することを確約した趣旨ではないと認めるのが相当である。

さらに≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(1) 旧条例は、その原案では、工場誘致の趣旨から新設工場のみを対象としたものであったが、地元企業との均衡から工場の増設をも対象とするに至ったもので、昭和二九年に制定された当初から、同条例を審議した釧路市議会(経済常任委員会および総務常任委員会)において、経済情勢の推移に応じその内容を時宜に適するよう変更することを条件とする旨の附帯決議がなされていること、

(2) その後旧条例は、釧路市の財政事情の悪化を主たる理由として、数回に亘って改正が行なわれたが、昭和三五年三月三〇日に公布施行された改正条例では、従前奨励金交付の対象を投資額一〇〇〇万円以上または常時使用する人員が五〇人以上の工場の新設および投資額五〇〇万円以上の工場の増設と定めていたものを、新、増設を問わず投資額三〇〇〇万円以上のものに制限するとともに、従前奨励金の額の算定基準を、新、増設を通じて、初年度固定資産税額の一〇〇分の一〇〇、次年度一〇〇分の七五、その後の年度一〇〇分の五〇の範囲内と規定していたものを、増設については、新設の場合の割合に一〇〇分の七〇を乗じて得た額と減額し、交付期間についても、投資額一〇億以上の新設に対する奨励金に五年以内の分割交付の特例を設け、この改正条例は、その施行前に奨励金交付決定を受けたものおよび昭和三四年度において奨励金の交付対象となるもののうち投資額三〇〇〇万円未満のものについては従前の例によるが、その他の昭和三四年度において交付する奨励金から遡及して適用するものとされており、昭和三九年七月四日に公布施行された改正条例では、奨励金交付の対象を、従前は投資額三〇〇〇万円以上と定めていたものを投資額五〇〇〇万円以上のものに制限し、この改正条例は同年四月一日に遡って適用するものと定められており、さらに昭和四〇年三月二五日公布施行の改正条例では、投資額一〇億円以上の新設に対する奨励金交付期間の特例を、従前は五年以内の分割であったものを七年以内の分割と延長していること、

(3) 旧条例に定める奨励金の制度は、専ら固定資産税額を基準とし、その一定割合の金額を交付するものであって、実質的には固定資産税の一部減免と異ならないものであるが、政府は、かねてから地方自治体が工場誘致のために地方税の減免措置を行うことが地方自治体の財政上支障をきたすことを理由にかかる取扱に否定的もしくは消極的な態度を示し、昭和三〇年一〇月一八日には自治庁税務部長の通達をもってその旨を指導方針として明らかにしており、釧路市においても、特に工場増設に対する奨励金制度の不合理性が指摘され、昭和四〇年二月二七日開会の定例議会においては旧条例による奨励金制度の廃止が論議せられていること、

以上の諸事実が認められるのであって、他に右認定を覆し得る証拠はない。

旧条例に定める工場増設に対する奨励金制度は、既述のとおり、釧路市の産業を振興して住民の利益を増進するという公益上の必要にもとづき、その源資は税金を主体とする同市の一般財源から支出されるのであるから、もともと同市の財政状態や政治的、社会的情勢の変動に応じて将来の改廃が予測される性質のもので、永久、不変の制度として存在するわけのものではなく、現に前記認定の旧条例制定当初の経緯およびその後の数回に亘る改正の経過などはこれを裏付けるものといわなければならない。そればかりでなく、右奨励金制度は、釧路市内に工場を増設した企業に対して何らの反対給付を受けることなく一方的に交付されるものであり、企業は、工場を増設するために資金を投下するであろうが、それは、営利事業に従事し、自由に経済活動を営むべき当該企業の経営上の理由とその必要にもとづくものにほかならないのであって(このことは、従前から存在する工場の実績に対する評価にもとづき行なわれる増設の場合特にいい得るところである)、奨励金の交付と対価的関係に立つ出捐ないし負担ということはできない。したがって、旧条例による工場増設に対する奨励金は、多分に恩恵的な性質を有する給付であって、工場を増設した企業に対し提供される特別の利益に過ぎず、釧路市としては、その政策的考慮にもとづき右奨励金制度そのものを廃止すると否との自由を有するものと解するのが相当である。

そうだとすると、控訴人が旧条例による奨励金制度の存在を一つの動機として本件工場増設工事を行った事実は、本件口頭弁論の全趣旨に照らしてこれを認め得るところであり、控訴人が旧条例のもとで右工事を完成して奨励金交付申請をし、これが受理されたことも上記のとおりであるが、これによって控訴人がその主張のような従前における諸関係からみて、当然に奨励金の交付を受けられるであろうと期待したとしても、右のような期待は、旧条例による奨励金制度が維持、存続せられる限りにおいての事実上の期待に止まり、釧路市に対し、旧条例の増設に対する奨励金制度そのものの改廃によって右期待を侵害してはならないという法律的拘束を設定するまでの権利性を有するものとはいい難く、右期待は、未だ具体的権利発生に先だち法的保護の対象となり得る地位にはあたらないと認めるのを相当とする。よって、控訴人の本主張はすでにその前提において理由がなく採用することができない。

(三)  控訴人は、本件却下処分は控訴人の旧条例にもとづく奨励金交付申請権を侵害する違法な行政処分である、と主張するので判断する。

本件却下処分が手続的申請要件の欠缺を理由とするものではなく、改正条例により工場増設に対する奨励金制度が廃止されたことにもとづき、実体要件の欠缺を理由としてなされた実体的な拒否処分であることおよび本件却下処分が抗告訴訟の対象となる処分性を有すると解すべきものであることは上記のとおりである。

控訴人の主張するところによれば、控訴人は、旧条例の施行当時においてその規定に適合する工場の増設を完了し、被控訴人に対し助成の申請をなし、それが受理されたのであるから、被控訴人は右受理時における旧条例にもとづいて右申請につきその適否を審査決定すべきであるにかかわらず、これをなさず、その後に公布施行された改正条例により右申請を却下したのは、上記控訴人の旧条例により審査決定を求め得る申請権を侵害したものであるというのである。

しかしながら、控訴人が、実体的に奨励金の交付を受くべき法的保護に値する期待的地位を有していないことは既にみたとおりであり、手続的にも、行政処分は処分時に有効に存在する法令に準拠してなされるべきが原則であって、控訴人は交付申請書が釧路市長に受理されたことによって、当然に受理当時の旧条例に準拠して申請が処理されるべき権利ないし法的地位を取得するものではなく、受理後に受理当時の条例を改正する条例が公布、施行された場合は、右改正以前に不相当に長期間申請の審査、応答を怠ったまま放置するなど特段の事情がない限り、処分時に適用可能な改正条例に準拠して申請を処理することは何ら違法ではないと解するのが相当である。

そこで、本件において右の特段の事情の有無について検討する。

旧条例第五条によると、工場増設に対する奨励金の額は、当該工場について当該年度に課された固定資産税の相当額に同条所定の割合を乗じて得た額の一〇〇分の七〇の範囲内で決定され、交付期間はその工場が操業を開始し固定資産税を課された年度から三年と定められているところ、地方税法第三五九条によると、固定資産税の賦課期日は当該年度の初日の属する年の一月一日とされており、この時に固定資産課税台帳に所有者として登録されている者に課税されるわけであるから、控訴人が昭和四〇年九月三〇日に完成した増設工場に対する固定資産税の第一回賦課期日は昭和四一年一月一日であることが明らかである。しかして、≪証拠省略≫を総合すると、釧路市における従来の奨励金交付の手続によると、右のように昭和四一年一月一日現在の状態で固定資産の価格(課税標準)が確定し、これにもとづいて固定資産税の賦課額が決定されるものについては、その後事務当局(経済部商工課)において増設工場のうち直接生産に関係のない部分の有無など申請の内容を調査したうえ、工場誘致審議会に諮問し、審議会の答申を待って市長が交付の可否を決定し、申請者に対し初年度分の交付額を具体的に明記した交付決定を釧路市指令として通知するものであって、申請者が右通知を受けるのは、どんなに早くとも同年四、五月以降であることが認められ、右認定を左右し得る証拠はない。

右認定の事実によると、被控訴人市長は、改正条例の公布施行された昭和四〇年一二月二八日の段階においては、控訴人の奨励金交付申請の処理を不相当に長期間放置していたものということはできず、他に上記特段の事情を肯認し得る証拠はなく、甲第二〇号証の一は上記法律判断を左右する資料となり得るものではない。

よって、控訴人の本主張は理由がなく、これを採用することができない。

(四)  控訴人は、本件却下処分は、改正条例附則第三項の解釈、適用を誤った違法な処分である、と主張するので判断する。

改正条例が、附則として、その第二項において「この条例施行前に奨励金の交付決定を受けたものについてはなお従前の例による。」と、第三項において「改正前の条例の規定により昭和四〇年度を初年度として奨励金交付の対象となるものについてはなお従前の例による。」との経過規定を置いていることは明らかである。

しかし、右附則第三項は、控訴人主張のように、奨励金交付の年度にかかわりなく昭和四〇年内に増設が完了し操業を開始した工場については旧条例が適用さるべきことを定めたものと解することは、その規定自体からも無理な解釈であるばかりでなく、控訴人が本件工場増設を完成して操業を開始したことにより、当然に奨励金交付請求権を取得するものではなく、また奨励金の交付を受くべき法的保護に値する期待的地位を有するものでないことは既にみたとおりである。しかして、昭和四〇年九月三〇日に完成した控訴人の本件増設工場に対する固定資産税の第一回賦課期日が昭和四一年一月一日であることは上記のとおりであるから、旧条例第五条の奨励金の額の算定基準および交付期間の定めに照らすと、控訴人の右増設工場は改正条例附則第三項にいう「昭和四〇年度を初年度として奨励金の交付の対象となるもの」に該当しないといわざるを得ない。よって控訴人の本主張は理由がなく採用することができない。

(五)  控訴人は控訴人のなした工場増設について改正条例の施行により奨励金の交付が受けられなくなったものとすれば、右改正条例は控訴人の既得の権利ないし利益を侵害し、信義に反する違法、無効の立法であるから、これに準拠した本件却下処分も違法である、と主張するので判断する。

昭和四〇年三月開催の釧路市定例議会において、当時の市長山本武雄が、旧条例による奨励金制度を廃止すべきであるとの議員の発言に対し、「現在の条例があるためにこれを期待して計算の中に入れて既に増設に着工している会社が相当あり、出来上ったものもあるという事実である。そうすると、そのために経過規定を設けて行かなければならないと考える。」旨の答弁をした事実は、被控訴人において明らかに争わないから自白したものとみなされる。しかしながら、本件増設工事着手後の昭和三九年九月三〇日に山本市長と控訴人の斎藤釧路工場長間で行なわれた話合の内容が、必ず奨励金を交付する旨を確約する趣旨のものではなく、改正条例の制定当時控訴人が奨励金交付請求権もしくは奨励金の交付を受け得ることを期待する法的地位を有していなかったことは既にみたとおりであるから、右改正条例が控訴人の既得の権利ないし法的地位を侵害するものでないことは多く論ずるまでもなく明らかである。

しかして改正条例は、将来における工場増設に対する奨励金の制度を廃止し、かつ前段判示のような経過規定を置き、すでに交付決定を受けた既得の権利はもちろん未だ交付決定がなくとも、昭和三九年一月一日以降に工場の増設を完了し、昭和四〇年度において固定資産税が賦課され、同年度を初年度として奨励金交付の対象とされる者についてもその手当をしているのであるから、改正条例には違法の点はなにもないものといわなければならない。

また、≪証拠省略≫を総合すると、釧路市が工場増設に対する奨励金の制度を廃止するに至った要因として、次の各事実が認められる。

(1) 改正条例制定当時の釧路市の財政事情は、昭和三八年度における歳入決算総額二八億三五四四万九〇〇〇円中土地売払代金(一億三六五三万六〇〇〇円)の占める割合は四・七パーセントで、その大部分の一億二五五一万五〇〇〇円が経常一般財源に充当され、昭和三九年度には同様土地売払代金(三億二〇二〇万一〇〇〇円)の占める割合は九・一パーセントでその約半分の一億五〇三七万五〇〇〇円が一般財源に充当されるという状況で、相当窮迫した事態にあったこと、

(2) 釧路市は、改正条例の制定当時、控訴人その他従前の新、増設工場に対する奨励金として既に交付決定をなした確定債務の未払分がなお約三億一八七四万円残存しており、さらに控訴人の本件増設工事および訴外十条製紙株式会社の新規の増設工事などについて旧条例による奨励金を交付するとすれば少くとも概算合計一億五六〇〇万円(仮りに交付期間を旧条例第六条の規定により七年間に分割するとしても年間平均二二三四万円)の新たな支出が見込まれ、釧路市の財政の規模、状態に照らして将来の財政負担を一層過重ならしめる結果になることが懸念されたこと、

(3) 釧路市においては、昭和三九年現在で道路の舗装率が僅か四・七パーセントに過ぎず、北海道内の主要都市の中でも非常に低率であるため、舗装部分の拡大が強く望まれており、その他下水道設備の拡充、考朽校舎の建替えなど差し迫った住民福祉政策の遂行のために必要な財源に乏しく、これが捻出に苦慮していたこと、

(4) 被控訴人市長が、前市長である山本武雄から市長事務の引き継ぎを受けた際、控訴人に対する奨励金の交付につき釧路市として特別の考慮を払うべきであるといったような何らかの説明もしくは意見が述べられたことは全くなかったこと、

以上の諸事実が認められ、他に右認定を覆し得る証拠はない。

旧条例の定める奨励金の制度がその制定の当初から経済情勢の推移に即応して改廃せられることが予定されており、釧路市としては、その政策的考慮にもとづき右制度そのものを廃止すると否との自由を持つものであることは前に判断したとおりである。

以上に認定した事実によると、釧路市はその財政事情が相当窮迫した状態にあったうえ、より緊急を要し、一般住民の福祉に直接関係のある政策を遂行するための財源を確保する公益上の必要から、かねて議論のあった工場増設に対する奨励金の制度を廃止する改正条例を制定施行したものであり、他方旧条例による増設に対する奨励金の制度は、そもそも工場を増設した企業に提供される特殊的利益に過ぎないのであるから、右奨励金の制度が廃止せられることにより企業側の受ける不利益とを比較考量すると、釧路市が右制度を廃止したことは合理的理由にもとづくものといわなければならない。

控訴人が釧路市に工場を新設した経過および従前増設についても必らず奨励金の交付を受けてきたことは前に認定したとおりであり、かつ改正条例の制定当時に工場増設を完了して奨励金交付申請をしていたとしても、改正条例の制定が合理的理由にもとづくものである以上、改正条例の制定にあたり、右のような控訴人の地位につき全く考慮を払わなかったことにつき、立法政策上妥当かどうか、または道義上の問題の残ることはかくべつとして、右改正条例が控訴人に対する関係において違法、無効としなければならない程に著しく信義則に反するものと解することはできない。

よって、控訴人の本主張は、その余の点について判断するまでもなく失当であって採用することができない。

以上の次第で、被控訴人市長が改正条例を適用して工場の増設に対する奨励金制度が廃止されたことを理由に、控訴人の本件奨励金交付申請を却下したことについてはなんらの違法がないから、右却下処分の取消しを求める控訴人の請求は失当として排斥を免れない。

第三結論

よって、控訴人の本訴各請求中、本件改正条例の公布処分の取消しを求める部分を不適法として却下し、本件奨励金交付申請却下処分の取消しを求める部分を失当として棄却した原判決は、その結論において相当であって、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三八四条によりこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山孝 裁判官 黒川正昭 裁判官 島田礼介)

<以下省略>

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